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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)7517号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕一 事故の発生

請求原因第一項中(一)ないし(五)と(六)のうち原告が本件事故により頸椎鞭打損傷の傷害を受けたことは当事者間に争いがない。

そこで本件事故と原告主張の心臓喘息および神経性呼吸困難等の疾患との間の相当因果関係の有無について判断する。

<証拠>によると原告は昭和四二年八月九日から、東京大学医学部付属病院において、左心肥大の診断を受けて治療をしたこと、同四二年八月三〇日から翌月七日までの間、長竹医院において心臓喘息、神経性呼吸困難の診断を受けて通院治療(実日数は七日)をしたこと、原告は以前に肺結核にかかつたことがあつたので、その疑いもあつて同四二年九月一一日に国立松戸療養所に入院しその治療を受けたが、結核の再発は明らかにできず、同四三年九月頃までの間、うつ血性心不全を主とし、それに併せて鞭打損傷の治療をも受けたこと、同四四年一月一七日から同年三月一四日までの間、中央総合病院において頭部外傷後遺症、高血圧症、胸成後呼吸困難発作等の診断を受けて通院治療(実日数は六日)をしたこと、同四四年五月九日から同四五年三月一一日頃までの間、同愛記念病院において入院して心不全の治療を受けたことが各認められ(他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)、右各事実と唐沢証言を総合すると、結局原告は心不全に罹患し、昭和四二年八月頃から同四五年三月頃までの間、その治療をしたことが認められる。

ところが心不全の直接の原因疾患については、本件全証拠によるも明らかにできない。

すなわち唐沢証言によると同愛病院に入院中の検査では弁膜症等の心臓疾患は発見できなかつたことが認められ、心不全罹患前に原告が心臓疾患にかかつたと認められる証拠もない。

また松山証人は肺機能の低下が心不全の原因になり得る旨供述し、<証拠>によると原告は昭和二三年一〇月頃肺結核にかかり、肋骨六本を除去する手術を受けたこと、その結果肺機能が低下していたことが認められるが、肺結核は昭和三八年一一月一日に治ゆしたとの判定を受けていることが認められ、心不全の発病は同四二年八月頃であり、その間三年九ケ月余も経過しているから、肺結核が心不全の一原因となつている事情は充分窺えるけれども、それをもつて心不全の直接の原因と断定することはできない。

そうすると原告の心不全の原因は、精神的、肉体的な悪条件により心臓自体に負担がかかつて、心臓が弱くなつて来たことにあると考えるのが相当である。

右に述べたとおり、原告は長期間にわたる肺結核療養のために身体が衰え、肺機能も低下し、心臓に負担がかかつて弱くなつていたであろうことは充分に考えられ、更に本件事故による鞭打損傷の治療もかなり長期にわたつていて<証拠>によると吉元外科病院において昭和四一年八月二日から同四二年七月三一日までの間治療を受けた――実日数一六四日――ことが認められ、更に前記のとおり国立松戸療養所においても治療を続けている。)、それが原告に与えた肉体的、精神的影響は大きかつたものと推認できる。

成程通常の場合においては、鞭打損傷の傷害を受けた者が、それを原因として心不全に罹患することは、稀な事例であろうと思われ、本件の場合においても、鞭打損傷の程度・治療経過よりみて、原告の身体的条件が通常人と同様であつたならば、心不全に罹患することはなかつたものと認められる。しかし原告は長期の療養生活によつて身体が衰え、心臓にも負担がかかつて衰弱していたものと推認できるところ、斯る状態の下において、鞭打損傷の傷害を受け、更にそれによる肉体的・精神的負担が加重されて、心臓の機能に障害が生ずるに至つたものと認められる。

要するに、原告の心臓は長期間にわたる肺結核の療養生活で衰えていた(しかし発病までには至らなかつた。)ところ、鞭打損傷の治療中の肉体的、精神的負担による影響をも受けて心不全が発病するに至つたものと判断するのが相当である。

とすると原告の心不全は、本件事故当時における原告の身体状態と本件事故による鞭打損傷がともに原因となつているものと云わねばならず、斯る場合には事故が発病に寄与している程度に応じて相当因果関係を認めるのが妥当であり、本件事故の心不全の発病に対する寄与度は三分の一を下ることはないと認める。

ところで前記認定事実に弁論の全趣旨を総合すると本件鞭打損傷は昭和四二年七月頃にはほぼ症状が固定したこと、同年八月からは心不全の治療を受けたこと(なお原告は国立松戸病院においても鞭打損傷の治療を受けているが、松山証言から、それは症状固定後の対症療法だつたことが窺え、心不全の発病がなければ事故前の身体状態に近い状態になつていた筈である。)が認められるから、同年八月以後に発生した損害は三分の一の限度において被告が負担すべき金額となる。

(新城雅夫)

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